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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)11287号 判決

原告

金平正紀

右訴訟代理人

安倍治夫

安倍正三

被告

株式会社文藝春秋

右代表者

千葉源蔵

右訴訟代理人

植田義昭

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一〇月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、その発行にかかる週刊誌「週刊文春」に別紙第一記載の謝罪広告を二回掲載せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二  主張

一原告(請求原因)

1  原告は、世界ボクシング界の名門でボクシング興業を目的とする株式会社協栄エンタープライズの創立者兼代表取締役であると同時に同会社の経営にかかり、かつ後記の具志堅用高らが所属した協栄ボクシングジムの会長でもあり、またボクシングマネージャー及びトレーナーとしても三〇年以上の経験があり、その門下からは海老原博幸、西条正三、具志堅用高(以下「具志堅」という。)、上原恒康らのプロボクシング世界選手権保持者を輩出してきた。そのほか、原告は日本におけるボクシング界を統括する全日本ボクシング協会の会長でもあり、一億円レベルの収入を伴う第一級のプロボクシング試合興業を年間十数件の割合で推進してきたものであつて、ボクシング事業界における第一人者でもある。

2  被告は、大衆向の週刊誌「週刊文春」の編集・発行者であるが、同誌昭和五六年八月六日発行のサマーデラックス号の一六六頁から一六九頁にかけて「“傷だらけの英雄”具志堅用高のレジスタンス」と題し、「ボクシング選手は女郎部屋の女郎もどきと見つけたり。金平会長に必死で抵抗する具志堅……元チャンピオンにとつて、リング外の闘いの方が大変だつたようなのだ」というゴシック組の書出しで、原告がいかに金銭に強慾であり、いかに具志堅をその意に反して酷使し、いかに具志堅から搾取しつづけたかを強調した記事を原告の顔写真とともに掲載し、かつ同誌約五〇万部を同年七月下旬から八月上旬にかけ被告の販売網によつて全国各地に頒布し、不特定、多数者の目に触れる状態においた。

3  前項掲記の原告に関する記事中、別紙第二の「名誉毀損箇所一覧表」に摘示した部分(以下「本件記事」という。)は、被告が殊更に捏造したか又は歪曲したものであつて、原告に対する社会的評価を著しく低下させるもので、本件記事を含む「週刊文春」を頒布した被告の前記行為は、原告の名誉ないし信用を毀損するものである。仮に被告の右行為が故意にでたものでなかつたとしても、被告には必要な調査を怠つた過失がある。

4  原告は、被告の本件不法行為によつて多大な精神的苦痛を蒙つたもので、これを金銭的に評価すれば一億円を下るものではないが、本訴においては、被告に対し、その内金三〇〇〇万円及びこれに対する右不法行為後の昭和五六年一〇月一三日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払と名誉回復のための処分として請求の趣旨2項記載のとおりの謝罪広告を求める。

二被告

(請求原因に対する認否)

1、2項の事実は、すべて認める。

3項の事実は否認する。

4項の事実は知らない。

(抗弁)

1 本件記事は、請求原因1項記載のとおりの社会的地位にあり、殊に、そこで原告が主張するように「日本ボクシング界を統括する全日本ボクシング協会会長」であり「ボクシング事業界の第一人者でもある」原告の具志堅に対する酷使、搾取並びに裏金取引(脱税)などの反社会的事実を摘示したもので、この摘示された事実が公共の利害に関する事実であることはいうまでもないし、被告は、もつぱら公益を図る目的で本件記事を掲載した「週刊文春」を頒布したものである。しかも、右事実はいずれも真実に合致するものであり、本件記事中意見にわたる部分は、右事実を前提とした公正な評論であるから、被告の行為は違法性を欠き不法行為とはならない。

2 本件記事中に真実に反する部分があつたとしても、本件記事の執筆者である被告の石山伊佐夫記者及び取材を担当した羽田昭彦記者らは、すでに発行されていた新聞、雑誌等における原告関係の記事を調査し、ボクシング興業関係者その他の関係者約二〇名について取材し、得られた結果につき十分吟味検討を加え、真実に合致すると確信できた事実のみを素材として本件記事を作成したのであつて、本件記事のすべてが真実であると信ずるにつき相当な理由があつたから、被告には故意又は過失がなく、従つて、被告の行為は不法行為とはならない。

三原告(抗弁に対する認否)

1項の主張は争う。2項の事実は知らない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。そして、本件記事をその成立に争いがなく、弁論の全趣旨により本件「週刊文春」に掲載された原告に関する記事の全文と認められる乙第二号証との関連において読めば、

1本件記事の番号一及び二は、昭和五六年七月二三日付報知新聞の「具志堅が再起断念!金平会長の説得及ばず」とした記事に関連する某評論家の解説の一部をなすものとして掲載されたものであつて、その評論家が当時協栄ボクシングジム所属、のプロボクシング選手であつた具志堅から直接聞いたところによると、具志堅は、すでに、ジュニア・フライ級ボクシング世界選手権のタイトル防衛第一二戦目の対バルガス戦が終つたら引退するつもりだつたのであるが、右の記事は、その動機のひとつには、具志堅自身が「いかに自分が(協栄ボクシングジムの会長である原告から)搾取されているかのカラクリ」を知つたことにあるようだとする解説の例証として、具志堅の談話の形式で引用されたもので、その趣旨は、具志堅が協栄ボクシングジム会長の原告のみの利益追求のため、いかに酷使され搾取されたかを具志堅自身の言葉によつて伝えようとしたものであること、

2本件記事の番号三は、具志堅のプロボクシング選手からの引退問題は、昭和五六年三月八日沖縄で行われた前記選手権のタイトル防衛第一四戦目の対フローレス戦において具志堅が惨敗した直後に表面化したもので、具志堅の引退決意は相当強固なものであつたが、原告にとつて「具志堅の再起、いや少くとも引退阻止は、至上命題だつた」と見え、原告は、具志堅を再起させるため、具志堅の私生活に対しても異常と見えるような圧力をかけたとする解説記事の一部で、某事情通の談話として引用されたものであるが、その趣旨は、原告が具志堅の私生活に圧力をかけるため、具志堅自身のことにとどまらず、当時結婚後間もない具志堅の妻の結婚前の品行についてまで公然と口にしていたことを伝えようとするものであること、

3本件記事の番号四ないし六は、原告が、すでにプロボクシング選手としては体力的にも限界に達していた「具志堅の再起にかくも固執する」のは「いうまでもなくカネの問題である」とし、それが原告と「具志堅との“決裂”の事情の一つでもある。」としたうえ、ボクシング興業その他を通じての「金平商法」ともいうべき原告独自の利益獲得方法を解説した記事の一部として、某ボクシング関係者、某広告関係者及び元世界ライト級王者ガッツ石松の各談話を採録した部分であるが、その趣旨とするところは、原告は、ボクシング興業権の売渡契約及び具志堅の商業広告放送(CM)出演契約の締結に当つては、裏金を要求するというのが有名な話で、いわゆる所得隠しの常習者であり(番号四及び五)、また、具志堅の商業広告放送出演などボクシング興業以外の面においても、本来具志堅に支払われるべき出演料中から多額の金員を、いわゆるピンハネして搾取してきた(番号五及び六)ことを伝えようとするものであること、

4本件記事の番号七は、原告は、協栄ボクシングジムのほかパチンコ屋、スイミングクラブ、芸能プロダクションを営む協栄コンツェルンの総帥であるが「これほど毀誉褒貶、いや『毀』と『貶』の多い人物も珍らしい。」とする解説記事の例証として引用されたものであつて、その趣旨は、右解説に副う風説の存在を伝えようとするものであること、

が明らかである。そして、以上の事実関係によれば、五〇万人を超えると推定される本件「週刊文春」の読者が、本件記事によつて、原告が、その性いかにも貪慾であつて、自己が元ジュニア・フライ級ボクシング世界選手権保持者の具志堅の所属する協栄ボクシングジム会長である地位を利用し、具志堅を酷使し、同人からその利益を搾取したばかりでなく、自己の利益追求のためには、なりふりかまわぬ放縦な行動をとつてきたという印象を受けたであろうことは推認するに難くないところであり、この事実と請求原因1項掲記の原告の社会的地位とを総合して考えると、本件記事によつて、原告に対する社会一般の評価が著しく低下せしめられたであろうことは、見易いところである。それ故、本件記事を掲載した「週刊文春」の発行頒布によつて原告の名誉及び信用が毀損されたと認めるのが相当である。

二公然事実を摘示して人の名誉又は信用を毀損した場合であつても、当該行為が公共の利害に関する事実にかかり、もつぱら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為の違法性が阻却されるものと解さなければならないし、また右事実が真実であることが証明されなくとも、その行為者において、その事実が真実であると信じ、しかもそのように信ずるについて相当の理由があるときは、右行為の故意又は過失が阻却されるものと解さなければならないことは、いうまでもないところである(最高裁判所第一小法廷昭和四一年六月二三日判決、民集二〇巻五号一一一八頁)。被告は、本件記事を掲載した「週刊文春」の発行、頒布は右の要件を充足する旨主張するので、以下、この主張の当否について順次検討を加えることとする。

三まず、本件記事が公共の利害に関する事実にかかるものであるかどうか及びその摘示がもつぱら公益を図る目的に出たものであるかどうかについて検討する。

1本件記事によつて摘示された事実それ自体について見ると、一項において認定した事実関係並びに弁論の全趣旨によれば、本件記事の番号四及び五のうちの「所得隠し」の事実はいわゆる租税の逋脱行為に当り犯罪を構成する(所得税法二三八条、一二〇条、地方税法二一条参照)ものであつて、それが公訴未提起の犯罪行為に関する事実として、当然に公共の利害に関する事実とみなされるべきものである(刑法二三〇条ノ二、二項)ことはいうまでもないところであるし、前記の事実関係によれば、本件記事によつて摘示された事実中のその余の事実(但し、番号七の事実をのぞく。)は、それ自体を犯罪行為と評価することはできないにしても、もつぱら私利私慾のために、自己の経営するボクシングジム所属選手を酷使ないし搾取したこと又はそのための準備行為に当るものとして摘示されているもので、それが極めて高度の反道義性ないし反社会性を有する行為に属し、しかも、それが前記番号四及び五の記事によつて摘示された「所得隠し」の事実と密接不可分の関係にある事実として摘示されているものであり、本件記事の番号七も、叙上のごとき原告の言動を基礎づけ、またそのような言動の根幹ともなつている原告の人格的特性を明らかにするための事実として摘示されているものであることも多言を要しないところである。他方、成立に争いがない乙第三号証、証人佐瀬稔の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、全日本ボクシング協会は、主として、ボクシング選手の養成、訓練を行うボクシングジム又はボクシングクラブを会員として構成された私的かつ任意的な親睦団体にすぎず、同協会会長という地位それ自体は公共性を有するものとはいえないのであるが、現在わが国においても計り知れない程多数のボクシング愛好者がいること及びこれらの愛好者の要望に副つた世界選手権試合を含むプロボクシング試合が、かなりの頻度で興業され、それらの試合のほとんどが、テレビ、ラジオ及び新聞雑誌等のいわゆる大衆媒体によつて、全国的に報道されていることは、公知の事実であり、プロボクシング試合が、すでに社会的な存在となつていることはもとより、それがスポーツであることから見れば、その愛好者が試合、興業のみならず、これにかかわる選手の育成、管理が公正に行われているかどうかについても社会大衆の強い関心事となつていることは否めないところであるし、前記のようにボクシング事業界における第一人者である原告のボクシング選手に対する言動が、右のように社会的存在となつているプロボクシングの健全化に深くかかわりあつていることも亦否定することができないのである。そうして見ると、すでに見たところから明らかなように、本件記事によつて摘示された事実のうち公訴未提起の犯罪行為に当ると認められる事実以外の事実が、その実質において、原告のいわゆる私人としての生活行動の一駒にすぎないものと評価し得る余地を多く含むものであることが当然であるとしても、上来説示したプロボクシングの性格、原告の有する社会的地位ないしその言動の社会的影響力を考慮すれば、右のように摘示された事実をもつて、一概に単なる一ボクシングジムの管理者とそのジム所属選手間の私契約関係にすぎないものとして律し去ることができないのも当然である。そして、以上に述べたところを総合して考えると、本件記事によつて摘示された事実のうち番号四及び五の「所得隠し」をのぞくその余の事実も、これをもつて、公共の利害に関係する事実と認定するを妨げないというべきである。

2本件記事による事実の摘示がもつぱら公益を図る目的に出たかどうかについて見ると、証人石山伊佐夫の証言と弁論の全趣旨を総合すれば、被告が右目的をもつて本件記事を掲載した「週刊文春」を発行頒布した事実を優に認定することができるのであつて、被告が右以外の目的をもつて、右の「週刊文春」を発行頒布したことを窺わせる証拠はない。

四次に本件記事によつて摘示された事実が真実に合致するか、真実でないにしても被告が真実と信ずるにつき相当の理由があつたかどうかについて検討する。

1まず本件記事の作成経過について見ると、

〈証拠〉を総合すれば、

(一)  被告の「週刊文春」担当の記者である石山伊佐夫らは、雑誌「週刊新潮」昭和五六年三月一九日号(乙第一号証)に掲載された「具志堅用高、四億円結婚式がくつた『大パンチ』」と題する記事中に二人の元ボクシング世界選手権保持者の発言として「ボクシングのマネージャーと選手の関係というのは、ま、女郎部屋のオヤジと女郎の関係ですね。足抜きは許されないんです」「金平会長にしてみれば、具志堅なんて、自分が耕した畑みたいに思つているだろう。だから、どう使おうと自分の勝手だと。ボクシング界の体質を変えないと、どうにもならないですよ。」云々の記事があるのに注目していたところ、同年七月二三日付報知新聞が「具志堅が再起断念、金平会長の説得及ばず」と題する記事を掲載するにいたつたため、具志堅の引退問題に絡む具志堅と原告をめぐる問題につき取材して記事にしようと考え、その翌日の七月二四日から同月二七日までの間、石山記者とその同僚の羽田昭彦記者及び猪熊浩平記者が取材に当り、石山記者がその結果をとりまとめて本件記事を含む前記の原告に関する記事を完成させるにいたつたこと、

(二)  右取材に当つては、羽田記者は、昭和三〇年から昭和四八年まで報知新聞社に勤務し、スポーツ担当記者、運動部長、文化部長を歴任し、当時著述業に従事し、事情通として信用もあり、具志堅と原告との関係にも詳しい佐瀬稔に面会し、佐瀬から、昭和五六年六月頃具志堅とその故郷の石垣島で面会して取材した際、具志堅が直接佐瀬に本件記事の番号一及び二において摘示されたところと同旨の事実を語つたことを聞いたこと、

(三)  その間、石山、羽田両記者は、一般新聞誌のスポーツ担当記者から本件記事の番号三において摘示されている事実と同旨の事実を聞き、また石山記者は、その頃ボクシング興業関係者に面会し、雑誌「アサヒ芸能」昭和五六年三月二六日号(乙第七号証)に掲載された「具志堅用高の『金と名声』に群がつた男たちの収支決算」と題する記事中の原告が、すでに、具志堅の世界選手権のタイトル防衛第一三戦目が行われる以前に、満名彦二に対し、第一四回防衛戦の興業権を五〇〇〇万円で売渡し、その代金の半額二五〇〇万円を裏金として要求したとされている部分で本件記事の番号四において摘示されたところと相応する部分を示して、右事実があるかどうか確めたところ、右記事が真実に合致する旨の回答を得たこと、

(四)  石山記者は、その頃、具志堅のCM出演契約に関与したことのある広告関係者から、三菱電機株式会社との間の具志堅のCM出演契約における契約金は三〇〇〇万円(一年目は一〇〇〇万円弱)であるが、具志堅の手に渡る分は驚くほどすくなく、また原告は、具志堅に関するCM出演契約においても裏金取引をするなど本件記事の番号五において摘示されているところと同旨の事実を聞いたこと、

(五)  石山記者は、その頃、ボクシング専門記者から、具志堅は金銭のことは余り口にしなかつたが、引退する頃から「サイン会のピンハネは、今まで一五パーセントだつたが、最近では三〇パーセントだ」と憤慨して話していたという事実を聞き、また元ボクシング世界選手権保持者のガッツ石松に対し、前記「週刊新潮」(乙第一号証)に掲載された記事中「選挙の応援なんか、オレの知つている人は一五〇万円も出しているのに、具志堅に聞いたら、二、三〇万円しかもらつてないというんです。あとはみんな、金平会長のところに入つているわけよ」という同人の発言とされている部分を示し、同人から右記事が事実に合致していることの確認を得るなどして、本件記事の番号六において摘示されたところと同旨の事実を取材したこと、

(六)  石山記者は、その頃、三迫ボクシングジム会長の三迫仁志から、原告が昭和五五年二月の全日本ボクシング協会会長選挙の際、ボクシングジム・オーナーの投票権を一票三万円ないし五万円で買取り、右金額は、投票日が近づくにつれ、更に高くなつた旨を聞き、また、その頃、前記(五)に掲げたボクシング専門記者から、本件記事の番号七の後段において摘示されたところと同旨の事実を聞いたこと、

(七)  石山記者は、同月二五日原告に対し、具志堅の引退問題についての取材を申込んだところ、同月二七日の夕刻にいたつて原告からその秘書を通じ、取材のすべてを拒否する回答がなされたため、原告につき、以上の事実の真否を直接確めることはできなかつたが、具志堅自身は、同日の午前中羽田記者の取材申込に応じて同記者と面会し、大要次のとおり語つたこと、

(1) 先週の金曜日(七月二四日)原告から話があるからと喫茶店に呼び出されて原告から「フローレスと金煥珍の試合(この試合で世界選手権保持者のフローレスが敗退したことは公知の事実である。)のビデオを見るか、金煥珍はひどい選手でお前なら勝てる。やるか。」といわれ、金煥珍に勝つたら引退させるといわれたが、原告が引退させてくれるはずがないので断つた。自分は、いままで自分のために試合をしてきたので、何も原告のために試合をしたのではない。自分はもう原告のためならやらない。

(2) 自分は今まで一三回も世界選手権のタイトルを防衛してきた。何もトラブルなしで、ひたすら耐えてきた。金銭面でもいろいろあつたけど表面に出したくないので我慢した。ボクサーが引退するときは必ず金銭面でのトラブルがあると聞いていたので、自分だけはすまいと思つていたが、自分があれだけタイトルを防衛して、協栄には大分金がたまつたと思うが、原告はまだ金が欲しいのか。自分は金のことはわかつていたが、我慢していた。試合をすると観客が一万人近く入るから、祝儀や激励賞だつて相当入るはずだが、自分の手元に入るのは一万円単位だ。

(3) 原告の前では本当のことはいえない。喧嘩をしたくないからだ。

(4) コマーシャルのことでも自分で契約書を交わしたこともないし、いくらで契約したのかも知らせてもらっていない。三菱電機のコマーシャルでも、二年間とも五〇〇万円ずつ振込まれただけだ。自分は、チャンピオンになつたとき個人的に経理士を雇おうと思つたが協栄の反対でできなかつた。

(5) 自分は、一二回目のタイトル防衛戦のときから、もう、いつでもやめていいと思つていた。だから試合後記者団に「原告がやめていいというなら、いつでもやめる」といつた。ところが、そのことを原告にいう前に金沢の試合(防衛第一三戦目)が決つていたし、沖縄の防衛戦(防衛第一四戦目)のときも、その前に熊本のプロモーターと契約がすんでいた。

(6) 自分は、原告にもつと大事にして欲しかつたと思う。試合が終つてもすぐビジネス。選挙運動も原告がすぐ行けというので、行けというところへ行つた。原告の芸能界好きも有名だ。大阪の防衛戦(防衛第二戦目)の翌日飛行機で東京に連れて行かれ、国際劇場の三沢あけみショウに出演させられた。はれたままの顔で三沢あけみと写真をとられ、それが芸能誌の表紙にもなつた。

(八)  そして石山記者は、以上のとおり自ら行つた取材経過及び羽田記者がした取材経過によつて、本件記事に摘示された事実がすべて事実であると信じて本件記事を執筆したものであること、

以上の事実が認められ、〈反証排斥略〉、他に右認定に反する証拠はない。

2そこで、本件記事に摘示された事実が真実に合致するかどうかの点は暫く措き、まず石山記者が前項において認定したように、右事実がいずれも真実に合致すると判断したことにつき相当の理由があつたかどうかについて検討することとする。

(一)  本件記事の番号一、二において摘示された事実について見ると、具志堅がプロボクシング選手であつた当時「カンムリワシ」のニックネームで呼ばれていたことは公知の事実であり、このニックネームが具志堅を売出すためになされた原告の命名に由来するものであることは、原告本人尋問の結果によつて明らかである。そして、本件記事の番号一、二において摘示された事実のうち、右以外の事実については、具志堅の羽田記者に対する発言中にも、大筋において、これに符合する部分があつたことは前記認定のとおりであり、前記乙第一号証によれば、本件記事が公にされる以前の昭和五六年三月一九日発行の雑誌「週刊新潮」の記事中には、「あれは“イヤ倒れ”」の見出のもとに原告と具志堅との間に金銭的なトラブルがあることが大きく扱われていたのであつて、前記認定の石山記者の原告に対する取材申込には、当然これらの問題に関連する事項も含まれるであろうことを原告としても当然予測することができたであろうことは推認するに難くないところであるにもかかわらず、原告が石山記者の取材申込を明示的に拒否したことは前記認定のとおりである。これらの事実と前記認定の取材経過を総合して考えると、石山記者が前記番号一、二において摘示された事実が真実に合致すると判断したことについては、まことに無理からぬ事情があつたとするほかないのであつて、石山記者ないし被告が右事実を真実と信ずるについては相当な理由があつたと認めるのが相当である。

(二)  本件記事の番号三ないし七において摘示された事実について見ると、その取材源としては、本件記事の番号六において摘示された事実に関するガッツ石松、同番号七において摘示された事実の一部に関する三迫仁志以外のものについては、その具体的な職業、氏名等を確認できる資料は、本件記録中には存在せず、かえつて、前記石山証人は、発言者本人の許諾が得られないため取材源秘匿の必要上これを明示することはできない旨供述するのであるが、前記乙第七号証によれば、本件記事が公にされる以前の昭和五六年三月二六日発行の雑誌「アサヒ芸能」の記事中において、本件記事の番号四において摘示された事実及び同番号七において摘示された事実のうち、銀製の冠鷲が直径一センチのパールをかかえているペンダントで、一個八万円もする特注品であるとされていた具志堅の結婚式の引出物が、実際にはそれ程高価なものではないことが報道されていたのに、原告が石山記者の取材申込を拒否したことは、前記のとおりであり、しかも〈証拠〉によれば、前記乙第七号証中の本件記事の番号四において摘示された事実に関する満名彦二と株式会社協栄プロモーション(代表者原告)間で具志堅の第一四回防衛戦の興業権料を二五〇〇万円と約定した旨の契約書及びその残金二五〇〇万円は別途支払う旨の「証」と題する書面が現存していることが認められるところであるし、前記認定の具志堅の羽田記者に対する発言中には、本件記事の番号五において摘示された事実の一部に符合する部分も存在するのである。更に、〈証拠〉によれば、本件記事が公にされた後の昭和五七年五月二二日発行の雑誌「週刊現代」には、金本安男の手記であるとして「“金平スキャンダル”のカギを握る男がついに沈黙を破る」「もう黙つていられない!」「金平正紀前会長の全隠謀を暴く」と題する記事が掲載され、右記事は、その大筋において、本件記事の番号一ないし七において摘示された事実のほぼ全部を裏づける内容となつているばかりでなく、〈証拠〉によれば、金本安男は、昭和四三年から昭和五六年まで協栄ボクシングジムに雇用され、その渉外部長として原告の側近にあつたもので、右記事の全部が協栄ボクシングジムの会長であつた原告の言動並びに経営の実態を暴露したものとなつていると認められるにかかわらず、原告は、これに対して特に反証を提出していないし、また、本件記事の番号三ないし七において摘示された事実に関しては、株式会社東京放送の具志堅あて振込通知書九通(甲第八号証の一ないし九)を提出し、その本人尋問において、右の各事実を抽象的に否定する供述をした(但し、原告本人は、前記の具志堅の結婚式における引出物が一個八万円でなかつた事実は肯定している。)のみで、右本人尋問中で明確な供述を留保したり追加立証を示唆したにもかかわらず、その後も石山記者が右の各事実を真実と信じたことの相当性を争うための積極的な立証活動を全くしていないことは、本件記録上明らかである。

なお、前記当事者間に争いがない請求原因1項の事実と〈証拠〉によれば、原告は、本件記事が公にされた当時ボクシング興業その他を目的とする会社として、株式会社協栄エンタープライズのほか株式会社協栄プロモーションを経営していたことが認められるが、〈証拠〉を総合すれば、右の会社は、実質的には原告の個人企業であつて、具志堅がプロボクシング選手として協栄ボクシングジムに所属していた当時、具志堅のマネージャーとしては高橋勝郎が配置されていたが、それは単なる形式であつて、具志堅のマネージャー及びトレーナーは実質的には原告が担当し、具志堅の出場するプロボクシング試合は原告が個人としてプロモートしていた関係上、右試合その他による収益は、その全部がひとまずは原告個人の手中に帰する仕組になつていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実と前記認定の取材経過を総合して考えると、石山記者が右番号三ないし七において摘示された事実が真実に合致すると判断したことについては、前同様無理からぬ事情があつたとするほかないのであつて、石山記者ないし被告が右事実と信ずるについては相当な理由があつたと認めるのが相当である。

最後に、本件記事の番号六については、「いやはや、昔の女郎屋もまつ青ではありますまいか」の文言が加えられているけれども、それは前記認定のとおり、被告においてその前提事実を真実であると判断して加えた論評であり、右表現自体は必ずしも適切な比喩とはいえない嫌いがないのではないものの、特にこの部分のみを取り上げて、これを不当なものとはいうことはできない。

五そうすると、被告は、公共の利害に関する事実につき、もつぱら公益を図る目的で、本件記事を公にしたものであり、しかも、本件記事において摘示された事実が真実であると信じたことについて相当の理由があつたことになるから、本件記事において摘示された事実が真実に合致するかどうかを判断するまでもなく、被告には名誉及び信用毀損の不法行為が成立しないことになる。

従つて、抗弁は理由がある。

六よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(原島克己 前坂光雄 安浪亮介)

(別紙第一)

おわび〈省略〉

(別紙第二)

名誉毀損箇所一覧表

番号 箇所(頁、段)

一 一六六、三段目

記事内容

彼にいわせると、『殴られて痛い目にあつているのは自分だけなのに、ある日他人のためにボクシングやつていることに気がついた。自分が儲かる分よりはるかに多額のカネが協栄ジムの方に入つてるのを知つて、馬鹿馬鹿しくなつた』

番号 箇所(頁、段)

二 同、三〜四段目

記事内容

また、こうもいつてました。

『ぼくは、“カンムリワシ”という虚名で商売をされた。やれ一日署長だ、やれ選挙の応援だ、何とかのパーティだ、と引きずり回されたんです。もう沢山だ』

番号 箇所(頁、段)

三 一六八、一段目

記事内容

『(金平氏は)他方で、香澄夫人のことを、“あの女は男を四、五人も知つてたズベ公だ。純朴で女を知らない具志堅に尽くすハズはない”などとフレまわつて、私生活上からの圧力も加えようとしてましたね』

番号 箇所(頁、段)

四 同、  三段目

記事内容

『それと、金平さんは、五千万で売つても契約上は半分の二千五百万にして、残りは裏ガネで要求する、というのも有名な話ですよ』(ボクシング関係者)

番号 箇所(頁、段)

五 同、三段目より一九六、一段目にかけ

記事内容

『好例は三菱の場合でしよう。三菱の契約額はワンファイト分、つまり三千万円(推定)。ところが具志堅に渡されたカネは幾らだと思います?五百万なんですよ。(中略)もちろん、CM料についても、金平会長が裏ガネを要求する、というのは業界では有名な話です』(広告関係者)

番号 箇所(頁、段)

六 一六九、一〜二段目

記事内容

その他、サイン会は三〇%のピンハネ、いや『マネージメント料』を取られ、選挙応援に行けば行つたで、『出した方は百五十万といつているんだが、具志堅に訊くと、二、三十万しかもらつてないというんです。アキレたね』(元世界ライト級王者ガッツ石松)

いやはや、昔の女郎屋もまつ青ではありますまいか。

番号 箇所(頁、段)

七 同、  二段目

記事内容

やれ『去年二月のボクシング協会長の選挙では、自民党顔負けの実弾攻勢を仕掛けた』だの、豪華結婚式の際「八万円」とフレコミの引出物が「じつは三千円程度の安モノらしい」だの……

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